だからこの世は面白い

私ね。。。

幼い頃から場の空気を読む事
とっても長けててね。

末っ子だから
いつも家族の顔色を伺いながら
家族の地雷を踏まない様に
上手に生きて来た所があって

それはもう

身体に染み付いていて
お仕事のアニマル・コミュニケーションを
行う時も

空気読む力はフル活用しているから
生きて行く上では
スタンダードだったのです。

 

でもね。



それをやってると
自分が誰だか分からなくなっちゃって
その生き方は有り難く卒業する事に
したのです。


が。


トイレで、おパンツ脱ぐレベルで
()
無意識さんに刷り込まれているから
ちょいとトレーニングも
必要なんですよね(^^;;

 

つい先日の事なのですが
名古屋から帰宅後。

塚本ダイさんの
お写真の撮られ方レッスンでの
出来上がったお写真を見てて

あれこれと
自分のダメ出し
しちゃってたんです。


そう。


私は
自分への評価が激辛タイプ。

 

これも、やめてあげよう

 

って、自分に誓ったのに
癖なので、やってしまうのですよ(^^;;

 

時間にして数分。。。。

 

このバイブレーションは
キャンセルしない限り

「あちゃーーー(°_°)」って

感情も乗っかって行くので
しっかり現象化して参ります。

この日。

ちょっと「え?」って言う出来事が
「どうゆうコトΣ(-᷅_-᷄)」になり
ちょいと悶々とした訳ですよ。

 

で。

 

インナーちーちゃんと対話です。



結局の所。
自分で自分にバッテン付けたから
他人様からもバッテンつけられる様な
現象が生み出されてしまうんです。

でも、これも

自分がそう、思っているだけで
実際にはバッテンなど
誰にも付けられてないのですけどね(^^)


「自分責め」や「罪悪感」は
エネルギーのレベルで言えば
最低ラインに近い位置の
低いバイブレーションなのです。

そして、この世は因果応報の法則があって
発したモノは自分に対してでも
他人様に対してでも
自分に返ってくるもの。


インナーちーちゃんに謝って

「どうなりたい?」

って、聞いてあげる。


視点を上げて
欲しい未来を感じて
バイブレーションの修正。

何でしょうね〜。

風の時代だからなのか
修正入れて数分後には
現象が収まって
心は穏やかに。。。

良くも悪くも
現象化が早い時代。

それでもやっぱり、人だから
急には変われないし
失敗しちゃう事もある。

それは、それで軌道修正したら
全然良い訳で

でも、軌道修正ばかりに
気を取られていると、、、

『軌道修正の無限ループ』のトラップに
迷い込んでしまうのも
この世の法則。


大切なのは、着地点。


「私は本当は
どんな風に生きたいの?」

 

自分自身に妙なレッテルを
付けているのは自分。

わざわざ、自分を下げて評価する必要など
本当はどこにもないのだと思うのです。

自分責めは、向上心ではなく
ただのドMプレイ。

やってみたい事
興味のある事は
それはもう素質の1つであって


可能性が無いと決めてしまうのは
ただ単にエゴちゃんが
世界観がガラリと変わるのを
怖がっているだけの
事なんですよね(^^)


それが分かってくると
この世は本当にオモロイ地球ランド(^^)


自分のランドは
自分で構築しないとね!


皆様は
本当は、、、
どんな風に生きたいですか?


Photo  by.塚本ダイさん

八鍬千夏Instagram

自信のある。ない。の先にあるもの。

人生初のコンテストに参加させて頂いたのは
丁度、一年前の今日。

2月16日。
ミセス/ミズ.・アースの東海エリア大会。

当時の私は年中ジーンズ又は
本気ジャージ()

オバサン超越で
立派なオッサンでして
「美」とは程遠いあり様だったのです。

ですので、こちらのコンテストのお話しを
頂きました時
まず最初に頭に浮かんだ事は
「どうやってお断りしようか。」

でした。

頭の中は忙しく
あれや、これやと
出来ない理由を並べてみる。

特に人に誇れる特技なんてないし
名古屋遠いし
トラちゃん、お爺さんだし
生徒さん達とか変に思われたくないし
写真審査で落ちたらかっこ悪いし

えーーーーっと、、、、

あ!英語しゃべれんし!!

ゴタゴタと並べてみて
結局何が抵抗してたかと言うと

勝負とか
人と比べられるのとか
自信もないし。。。

何よりも怖かったんです。

 

「やっぱり、お断りしよう。」

 

って思った時
私の奥底から

 

「ありのまま」

 

と言う声が聞こえて来ました。
ハっ(゚Д゚)としました。

「いーじゃん。ありのままで。
英語出来ないからと言って
人としての尊厳が奪われる訳ではないし
『冥土の土産』くらいの気持ちで
気軽に楽しめば?」

って。

でね。

私はその奥底から聞こえて来る声に
耳を傾けてみる事にしたのですよ。

ヤドカリの様に
自分のテリトリーにいるのが
大好きな私としては
テリトリーから出て
人前に出るなど
かなり勇気のいった事ですが

ちょっとダメな自分も
曝け出してみようって。

初めてお顔合わせ出来たのは
お仕事が忙しくてレッスン参加できず
2/14の最終リハ。

皆様、もうすっかりお友達になられているし

ほら、あれよ。
昭和ドラマのノイズがあって
美人でセレブな人って
意地悪ってイメージが作られているから

コンテストも恐怖だったけど
完全なるアウェイで
のこのこ東京から行って
中に入れて頂けるのだろうか。。。
と言う、恐怖。

あーーーー。もーーー。って
萎え感半端なかった_:(´` ):
のですが

皆様、美人でセレブなのに
お心も美しく
第一関門、無事に通過(ほっ)

安堵感から1人震えていたのを
思い出します。

東海大会は
東急ホテルで開催されたのですが
その煌びやかでゴージャスな雰囲気に

若干、金魚が竜宮城に来てしまった感は
否めなかったのですが

ふとね。
学生の時の事を思い出したのです。

身長が170cmもある私。
良くも悪くも
ただ立ってるだけで目立ってしまう。
高身長はずっと
コンプレックだったのですが

10代の時は繁華街を歩くと
よくモデルさんのスカウトも
頂いたりもしていたのです。
家族は猛反対でしたので

「モデルさんかぁ、素敵〜」って

ちょっと憧れてはいたものの
当時は諦めたんです。

それ思い出して
そのまま置き去りに
されちゃっていた私が
すっごく喜んでくれてる気がしてね。。。

そしたら

自信のある。とか
ない。とか
もう、どっちでも良くなってました。

舞台に立って
スポットライト浴びて

ただただ
煌びやかな世界があるだけで


自信の在る、無いは
自分で決めている事なんだなって。

そして、日本大会への切符を頂き
東海エリア統括の典子さんに

「おめでとう」

って、サッシュを付けて頂いた時
すっごく温かな気持ちになったんです。

「あれ?私、輝いてもイイんだ〜」

って、心が正直に反応していました。
あんなにシノゴノ言ってたのに()

 

『自信のある。ない。』

って、漠然と浮かび上がって来る物
な感じがしてたけど
本当はそうではなくて

「失敗したらカッコ悪い」とか
「他人様からどう思われるか」とか

案外、ショボイ所からやって来る。

 

そんなショボイ自分に
ぐるぐる巻にされていたけど
丁寧にぐるぐる巻解いてあげて
痛かったねぇ〜って
抱きしめてあげたら

思っていたよりも
ずっとずっと素敵な世界に
飛んでいました。

 

私達はみんな
自分の人生を
光輝いた物にしたい。


と、願っています。


でも


それは自分の外側にはありません。


そう

 

それは既に自分の内側に
生まれた時から内在しています。


『輝きたい。』

ではなく

『輝く。』

と、決めたら
そうなって行きます。

 

《自信のある、ないの先にある物》

 

それは


《自分の心に正直に生きて行く人生》


なのだと私は思います。

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期待されない人生のメリット

『期待されない人生』

と一言で言うと
何だか物悲しいフィーリングがありますが
私は人生の大半を、この

『期待されない人生』

のメリットの部分で生きて参りました。

何となく、場の空気を読んで
無難でいる方が楽だし安全だったから。

私には、3つ上の姉がいます。
姉は優秀で近所でも有名な才女。

通信簿もほぼオール5に近く
最低でも3
しかも、その3は保健体育。

中学の時はs全学年で一番を誇った
事もあるのです。

高校から名門校に入り
そのままエスカレーター式で大学。
倍率の高い難しい学部でした。

一方、私は
昭和あるあるな感じの子で
ちびまる子ちゃんの様にな
ちょいと、素っ頓狂な?子供でした。

前にも書きましたが
他の子が当たり前に出来る事が
出来ない。
そんな子供でした。

姉は本当に優秀だったので
常に両親の期待と
プレッシャーが掛かりました。

テストで100点以外の点数
と、言っても平均90点以上。
それでも、褒めてもらえる事はなく

「ここ、どうして間違えたの!」

と、両親に厳しく言われていたのを
見て育ったのです。

その時に思ったのが

「期待されると大変な事になる。」

でした。

それから私の
出し惜しみ人生が始まるのです。

実際。。。

『優秀』であるより
『おバカ』の方が
楽でしたし、良い事尽くめ(*゚∀゚*)

うっかり100点取ってしまった時には
「え?お誕生日??」と思うくらい
豪勢なお夕飯なのでした()

これに味を占めると

「私は、この路線で行こう!」

と、密かに心に誓いを立てるのですが
これがまた。。。

後々に、参事を引き起こすのですよρ`)

そう、実力発揮しては危険なので
常に絶妙な線で、出し惜しみ

家族間では
とっても便利な
コミュニケーションツールでしたが
物心ついた時からやってるので
急にはチャンネル変えれないんですよ(^^;;


どんな弊害があったかというと。


後一歩!と言う時に
いつもチャンスが掴めず終わるんです。


そこそこ、評価を頂いていても
一番得たい物は
掌から流れて行ってしまうのです。

『期待されたら、大変な事になる』

と、幼い頃に姉が
両親に期待されクリアし
更に高い目標を期待され
それもクリアして
更に、、、、目標、、、

でも、その割には評価されず。
ただただ、両親の期待に応えて
クリアしてた姉を
を遠目で見てたから。


『実力を発揮してはいけない』


何をやっても、どおも中途半端なのは
これが足枷になってしまってたんですね。

心理学を自分の為に学び
紐解いてみて、見えて来た事。

「な〜んだ、私がダメな訳ではなかったんだ。」

それは
私が私の身を守って
やっていてくれた事。

そう思うと「出し惜しみ人生」も
愛おしいく思います(^^)

 

当時は姉妹で大変な思いを致しました。

特に姉は。
期待に応えて行く事が
両親を喜ばせる事。

自分の存在価値。

80点では怒られるのに

ポッと出の妹は
80点でもお祭り騒ぎなのですから

心が凍りつく瞬間は
沢山あったと思います。


今では姉妹で笑い話し(^^)

戦時中の混乱期を生き抜いて来た
両親からしてみれば
自分にはして貰えなかった
十分な教育をしてあげたい。
どこにお嫁に行っても
恥ずかしくない娘にしてあげたい。
(出戻ってゴメンよぉ)
という、想いだったのだろうなぁ〜と思い
今は感謝が湧いて参ります。


私が欲しかった愛。
両親が注ぎたかった愛。


形が違っていたけど
だからこそ、気づかせて頂けた事。


愛は愛で在る事に、違いはないですね
(o^^o)

ここからの人生は

『笑顔で本領ダダ漏れ人生』

で参りますわよ

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本能のお話し

ここ最近、美しい女性達とお会いする事が多く
ちょいとこんなテーマでお話しさせて頂きます。


今日は『本能』のお話し。


殿方が女性に魅了される部位で
常に上位にあるのが「お肌」
若い子の様に
ピーンと張った瑞々しいお肌は
女性の永遠の憧れですね(o^^o)


でも、この世に「メス」しかいない
世界だったら、どおでしょうか?

子孫繁栄はなくても良い世界です。
それでも「美」を追求される方は
きっとかなりの少数派でしょう。

女性が『美しくありたい。』

と言う願いも

殿方が『美肌の女性に惹かれる。』

と言う想いにも

実はちゃんと根拠があるんです。


それは『動物的な本能』

 

こう聞くと
ちょっとエロティック

でも、実はもっと現実的です()

人も動物も体調が悪いと皮膚に出ます。
お肌ガザガザだったり
毛がパサパサ、抜け落ちる
人の場合は顔色も悪くなりますね。

そう、お肌は一番分かりやすい
健康のバロメーターなのです。


特にお肌は『腸』が悪いと
顕著に出ます。

腸は免疫を司る

健康管理にはとても重要な臓器。

実際に腸の悪い動物さんは
病気になりやすいんです。

お肌や毛艶の良い動物は
『健康です』と張り紙を
している様なもの。

自然界では

オスは、より多くの子孫を残す
と言う事をコミットしていますので
出来る限り『健康』なメスと
結ばれたい訳ですよ。

メスはメスで
より強いオスのDNAが欲しいので
オスを惹きつけるフェロモンで呼び寄せ
最も強いオスを選ぶのです。

動物にはおブスとか美人とか
ないんです。

野生の動物は子孫繁栄をして行く事が
この世でのお仕事でもあるので
健康か否かは
その先で明暗を分けてしまうのです。

なので、動物的な感覚の殿方は
見た目の美人か否かより
お肌とか体臭が大丈夫なんですね〜(^^)

まあ、確かに
ピーンと張った艶のあるお肌は
触り心地も良さげですしね。

殿方が魅了されてしまうお気持ちも
よくよく理解できます(^^)

『単なるスケベ心ではなく本能』

そう思うと

もう人と動物の違いは
見た目だけで
全てが1つである事が
よーく理解できます。

現代社会においては
本能を抑圧して生活してないと
行きづらい世の中ではありますが

人はもう少し

『本能の赴くまま』

を大切にしたら生きたら良いのになぁ。
とも、思う今日この頃です。


Photo  by.塚本ダイさん

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心の傷は傷のままでも大丈夫♡

「自分の心の傷を
どう癒やしてあげたら良いですか?」

これは、よく生徒さんから質問される事です。

ヒーリングのレクチャーの第一段階は
まず、自分が癒やされる事から。

なのですが。。。

私自身も自分を癒す旅に出て10年以上経ちますが
それでも、あえてこう言いわせて下さい

 

「心の傷は、傷のままで大丈夫

 

心に傷があると
色んな場面にてキシキシと痛む事があります。

古傷や擦り傷、深傷を負った傷。
人生を通り抜ける時
無傷ではいかない事もありますね。

ヒーリングをレクチャーしている以上

「まずは自分の傷を癒しましょう!」

と、言うのが正しいレクチャーなのかも知れませんが
最近の私は、少し違った見解です。

心に傷が在る事は
汚れている訳ではありません。

心の傷は悪ではないんです。

必要以上にダメージがない様に
ブロックを掛けた時に
痛みを生じるのが傷だと思うのです。
これ以上は進まないで、って。

傷はあなたを守ってくれた証です。
でも、傷が癒えてないと
似たような現象を生み出すのも事実です。

なので癒やしてあげる事に
越した事はありませんが
傷を消そう、消そうと
傷を消す事にやたらとフォーカスした

『傷ハンター』

になってしまっては
本末転倒なのです。

どんな物事にも
2面性があり
良い面、悪い面があるのが
この世にございます。


良き面で言えば
同じ事で痛い思いをしないで済む様に
ストッパー役になってくれますし
悪しき面で言えば
ヒリヒリと痛むから辛いですし
傷を付けた誰かさんを恨んでいるのも
更に辛いものです。

痛いのは、辛いから
嫌でたまらないものですが
この「痛みから逃れる」事にフォーカスを当て続け
傷を癒すのはNGです。

「痛み」から逃れたい

と言う現実を生み出してしまうからです。

私もコツを得るまでは
ずーっと、ここをぐるぐるぐるぐる
自分の傷をいじっては
また、ぐるぐるぐるぐる
傷をいじくる現実の中でした。


俯瞰せずフォーカスして
その時の感情まで注ぎ込むから
更に参事が広がるのです。

「逃れたい」が

「逃れられない」になってる事

ないですか?

ダイエットや恋愛
この辺のカテゴリーだと
わんさか事例が出て来そうですよね(^^)

痩せたいのに
痩せられない。。。

正に、この状態です。


では、どうしたら良いのでしょう?


ヒーリングをレクチャーする時は
俯瞰した状態で行う事を
まず必須条件と致します。

起きた現象は、ちょいと脇に置いて
感情のみに目を向けて行きます。

ありのまま
善でも悪でもなく
ただ「傷が在る」だけ
「痛みだ在る」だけ


傷はね〜
人生に優しさや深み
色気を与えてくれるエッセンスの様な
モノなのですよ。

こうやって人は
たおやかに成熟して参ります。

傷が反応した時は
自分の心を育むチャンス。

こうやって見ると

傷さんも結構いいヤツでしょ?

無理にポジティブ面から見るのではなく
両方の性質を知った上で
嫌われ者にするのでもなく

傷さん
教えてくれて、ありがとう
って。
お陰でここまで来れたよ。って。

あなたが心の傷さんを
沢山抱きしめて、温めてあげてみて下さい。

これを何度も繰り返していると
いつの間にか、傷さんは昇華しています。

これがまず
第一段階です。

もっとディープなケースに関しては
必ず専門家の手を入れる事を
お勧め致しますが

傷と戦わないで
緩めば緩むほど
不思議な事に

「生きてるんだから
多少傷もあっても良し♡」

って、気にしなくなるもので
こうなると、あんまり外の世界にも
反応もしなくなります。

それに気付いたら
傷さんに、心からありがとう
って、言って卒業させてもらって下さいね(o^^o)

ここを卒業すると
思いがけない「悦び」が降って参ります。

傷さんも含めて
自分の人生を豊かに愛せる
人生のギフトを受け取って参りましょ

Photo by.#塚本ダイさん

八鍬千夏Instagram

 

存在給と言う在り方

私は毎朝、起きてから
YouTubeでJazzをセレクトして
美味しいコーヒーを淹れて頂くのが日課。

今朝もカーテン開けて
愛犬トラジと日向ぼっこしながら
幸せなコーヒータイム中に

「ああ、こうゆう事ね。」

と、腑に落ちる感覚がありました。

今日は「存在給」についての
お話しです。


「存在給」って少し前に
心理学をお勉強していて知った事なのですが
その人の存在そのものが価値のある物で
ただ存在するだけの自分の対価はいくら。

みたいな考え方なのですが

『生きてるだけで丸儲け』

みたいな感じなのかな〜??
って、正直あんまり良く分からなかったのです。

自分の存在と対等の金額
って、そもそも比べる事でもない様な。。。

何だか小骨が喉につっかえている様な
違和感を感じていたのです。


それが今朝
朝コーヒー飲んでいて

ハッとなり(゚Д゚)

妙に納得したのですよ。

存在給。

確かに素晴らしい考え方。
でも、意識が外向きになると
苦しくなる。

実際に「いくら?」って
聞かれるから
具体的な金額の罠にハマる。

セレブの言う存在給の対価と
毎月あれこれ支払いに大汗かく
一般庶民のそれとは
発してるバイブレーションも違うから

対価=お金様

にすると、、、、

常に他人様の評価が気になり
更に意識は外向きに。

その金額に相応しい自分になろうとするのは
心の中で摩擦を生じます。

それでは、いつまでたっても
自分の人生の主人公にはなれませんね(^^)

今朝、降って来た感覚は
こうでした。

《他人からの評価での対価でじゃなく

それは自分に対する対価です。

自分が自分に対して

どんな存在でいたいか

ではなく

『どんな存在でいるか』

在り方を示しています。》


この感覚で、ハッとしたんですね〜。

人間界ではお金様がツールです。
自分自身にお支払いしている対価って
一体どんな風だろう?

それは高級なお菓子や
ブランド物を買い漁る事ではないのですよ(^.^)

どれだけ、自分に相応しい「悦び」を
プレゼントしてあげているのかな。って事。

毎朝、Jazzを聴きながら
じんわりと幸せ感じながら頂く
美味しいコーヒーも

トラジの日向ぼっこしながら寝ている
愛おしい姿も

大いなる悦びのバイブレーションの中。
それは私という存在への対価だなぁ〜って

そう。
私にも幸せになる権利があるし
幸せになって良いのだから。


お金様=幸せ


では、決してありません。

でも、お金様も幸せを運んで来てくれる
大切なツールの1つですし
今の世界では必要なツールです。

お金様を否定するのでは、ございません。

ただ、存在給を決めるのは

金額ではなく
その先で得たい感情。

なのだと思うのです。

今、その感情を存分に味わうと
未来と共振共鳴の法則で
手元にやって参ります╰(*´︶`*)╯♡

だとしたら、、、

存在給を吊り上げるのは
全く持ってカンタンになってしまいますね

さあさあ、皆様
ジャンジャン幸せ感じて
幸せ貯金して
アゲアゲで参りますわよ

※私なりの解釈で
心理学とは異なるものとお考え下さい。

Photo by.塚本ダイさん

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男はオオカミ伝説

少し前のお話しですが

「私、何か大切にされてない気がする。(˘з˘)

と、私の奥の方から
リトルちーちゃんの声がして

「何でかな?」

って、心証を探っていると。。。
思わぬ記憶が出て参りました。


今日は歌謡曲から出来た

私の恋愛恐怖症、トラウマのお話し()

 


私は大変、躾の厳しい家庭で育ちました。
特に殿方関係には英才教育を
されて来た事があります。

それは

 

『男はオオカミ』

 

私が幼い頃。
ピンク・レディが全盛期で
大ヒット曲の『S.O.S』を聴いて
どうしても分からないフレーズがあり
母に尋ねたのです。

「ママ、男はオオカミってなぁ〜に?」

と。

母は、どんな説明をしてくれたのか
もう忘れてしまいましたが

『何かが大切にされない。』

イコール

『女の子の大切な何かが傷つけられる。』

と、雰囲気で理解したのを覚えています。

その、漠然とした不安感を抱えての
毎日、憧れのピンク・レディを
歌って踊っていたから
本人の自覚なしに
綺麗に刷り込まれて行ったのでした。

 

高校生の時は
うっかりスケジュール帳を忘れて
学校へ行ってしまうと
アドレス帳をチェックされてしまい
男の子の名前が乗ってると
いつの間にか電話をされ

 

「ウチの千夏とは、どおゆうご関係ですか?」

と、言う始末ρ`)ヤメテクレー!

「何でそんな事するのよぉ(● ˃̶͈̀˂̶͈́)⁾⁾

と、文句を言うならば

「男はね、オオカミなのよ!」

と、ドヤ顔で決め台詞。
最初は面白がってた男子君も

「お前んちのかーちゃん、どうなってんだよ」

って、、、、

お陰様で
青春時代には
男の子友達はゼロ状態ω`)

大好きな人とデートするのも一苦労だし
大人になってもこんな調子のお母さん。

お母さん、どんな男性遍歴だったのよ_:(´` ):

この「男はオオカミ」の亡霊は
いつしか私のトラウマとなり
プチ恋愛恐怖症に。

当時は殿方とお話しをする時は
怖くてめっちゃ身構えていました()

この根底にある恐怖心は
必ずしも「殿方」に反応する訳では無いので
本当に厄介でヘキヘキでしたものでした。

まあ、母なりの愛情だったのも
子供を産める歳になって
理解できた事なのですがね。

正直、大変でした()

この「男はオオカミ」を紐解くと
まだ小学校に入る前に知ってしまった
ピンク・レディのS.O.Sの「男はオオカミ」
のフレーズの解釈

「男の人は、私を大切にしてくれない。」

母のフレーズの乱用に
潜在意識さんにどっしり定着。
いつしか

「大切にされない。」

だけが、私の中で取り残されて
しまっていたんですね〜。

腹の底に、これがあると
やっぱり「大切にされない(˘з˘)
と思える出来事が生み出されて来るんですよ。

表面に出てる、見えてる現象は
過去の想念なので
今ココではない為
お掃除をしてあげれば済む事なのですが

昭和のドラマとかアニメって

『お金持ちは美人だけど、性格おブス設定』

とか

『ヒロインは貧しい家庭の子で

でも可愛いくて健気でいじめられっ子設定』

とか

結構、刷り込まれてる概念ありますよね。

歌謡曲は

可愛い女
耐え忍ぶ女
男は身勝手

『昭和おっかさん讃歌』みたいなのも
理想の女性像として賞賛されていましたしね。
繰り返し聴くし、歌うから
強固に刷り込まれて行く。

因み、私の母はあざとい悪女タイプ()

何でやねん!とも思いますが
だから、娘達には厳しかったんだろうな〜。

私の欲しい愛ではなかっただけで
とても愛されていたのだと思うのです。


選んで来た家庭環境は
ほぼ前世との繋がりですが

私の青春、、、、
ピチピチだった頃の青春、、、
修道女の様だったρ`)カエシテ〜!



今回。。。
ひょっこり顔を出した感情さんが
思わぬブロックに紐ついていて
ビックリだったのですが
私の中では、腑に落ちる事が多く
この事に気付いてからは
殿方とお話しする事が
自然になったと思います


最近、オオカミ化する殿方も
めっきり少なくなりましたが
私のリアルでの周りの殿方は
皆様、紳士的な方が多い為
トラウマもどこかへ。。。

今は殿方は
いくつになっても中2w

「愛すべきオオカミちゃん

頼りになり
チャーミングで
愛すべき存在となりました。


かなり風変わりな
面白い経験をくれた亡き母と
昭和歌謡曲へ感謝

Photo  by.塚本ダイさん

八鍬千夏Instagram

究極の自分愛とは

皆様は自分の事が大好きですか?


私は。。。
大好きです

でも、ほんの数年前までは大っ嫌いで

「自分を愛しましょう。」

と、言われても

「それって美味しいの?」レベルで

意味が全くもって分からず
自己嫌悪のループにハマっていた時も
あるんですよ(^.^)


今日は
自分を愛する『自分愛のセオリー』
ついてお話しさせて頂きます。



自分を愛するとは、、、

何かご褒美をあげたり
贅沢をさせてあげたり
自分優先I love me♡

と、言う意味でありません。


勿論、物質的に
喜びを与えてあげたり
自分を優先にしてあげるのもありですが
自分の中から豊かさを生み出せないと
外の世界へと欲求が止む事はありません。

勿論、外の世界への欲求
物質的な欲求が悪い訳ではありません

この世に生きてる事は
エゴ()とは、切り離せないし
それもまた、生きて行く上では必要だから。

ちなみに。。。

エゴは決して悪ではなく、ただの「欲」
ただ、枯渇感を「欲求」で埋めようとすると
無限ループにハマってしまうのですρ`)

では、本当の意味での
『自分を愛する』とは。。。何でしょう?


簡単に一言で言えば

『キャパを大きくする事』

と、私は思うのですよ。

今までイヤだと思っていた事や人の
何がイヤなのか?

「あの人は。」

と、外側へ向いていたベクトルを
今度は内側へ、内側へとベクトルを向け
焦点を合わせ行きます。


焦点を当てると言う事は
自分への問いかけ。

真っ暗な闇の部分へ光を当てると言う行為。
焦点はエネルギー。
エネルギーは光。

光を受けた闇の部分は
やがてバランスを取り戻し
光の中へと溶けて行きます。

これをね。

淡々と繰り返して行くと

「今までイヤだった事が
そうでなくなる。」

のです。

すなわち、受容性(キャパ)が広がり
今までイヤだった事を
自然体で受け入れ消化でき
自分自身にイヤな思いを
させずに済むのです。

そうするとね。

自分の人生を信じられる様になるんです。


起きた物事は
ただ起きた物事。
ありのままに受け入れられて
他人も自分もジャッジしない生き方に。

酸いも甘いも「ある」事を許し

自分の人生を
まるっと引き受けられる様になったなら
息を吸っているだけで
毎瞬、毎瞬が至福感の押し寄せ(˃̵ᴗ˂̵)

自分の内側にベクトルを向け
バランスが良くなると
自分自身にイヤな思いをさせないから
至福感は自分の中から絶え間なく
こんこんと湧き上がって来ます。

愛の洪水。

これが自分愛。

自分の事が大っ嫌いで
酷使し、粗末に扱ってた時があるからこそ
今は自分を愛おしく思います。

みんなで幸せに輝いて
自分らしく存在する人生を
体現して参りましょう

Photo  by.塚本ダイさん

八鍬千夏Instagram

チヤホヤされるポッと出てモテ子と動物的な本能

一生懸命に努力しているのに
大して努力もせず(見えて)
大して可愛くもなく(見えて)
それなのに世間では

ポッと出てのモテ子が
チヤホヤされる。。。(˘з˘)

な、現象について。


今日は、ちょいと
女子ぶっちゃけトークです

 

ここ最近、女友達MちゃんとKちゃんとの
恋話Zoomでのやり取りなのですが。。。


私達は
3人とも末っ子。
末っ子は、生まれた時から
チヤホヤされて来たので
チヤホヤされるのは普通の事。

なので、ちょっとしたチヤホヤだと
気づきにくい。

でも、他人様がチヤホヤされていると
アンテナはムクムク動き出す()


基本、男子も女子も
チヤホヤされたい願望はあるのでしょうが

好きではないお相手に、チヤホヤされても
実は女子はさほど嬉しくはない。


ワガママな生き物でしょ?


意中の人にチヤホヤされて
初めて満たされる生き物。

これは動物的な

「優秀なDNAを残したい」って本能も
うっすら根底にあってね

こう思うと

結局、愛されたい。のではなく
愛していたい。のだと思うのです。
(動物界は、メスがオスを選ぶので)


モテ子が意外とツマラン殿方に
引っかかるケースが多い理由は
動物的本能からズレが生じた

空虚感。

モテるから、おデートの相手には困らないし
もっとイイ人いるかもって
刺激もあるんだけど

愛されてるの確認する様に
愛されたい。があり受け身。

満たされない。
愛されたい。

が空虚感を発動し
そちらが具現化しちゃうんですね〜。

勿論、そうでないモテ子さんも
いらっしゃると思うので
そうでないモテ子さんはスルーしてね!

愛する能力が低いというよりも
愛される事にウェイトを
置きすぎてしまってるんですよね。

動物にも「愛」はありますが
モテる事は
子孫繁栄に直結するので
オス選びは顕著です。


そして、合コンとかで
ポッと出てのモテ子がチヤホヤされ
お持ち帰りされる図は
今も昔も変わらずなのでしょうが

多くの末っ子ちゃんは、このポッと出てにも
正直、ザワザワするんです。

「何でだろうね?」

と、お話していた所
いつもイイ切り口で来るMちゃんが

「末っ子は、ポッと出ての存在そのものだからじゃない?」

って。

「ほぉーーー!確かに(°_°)」

お姉ちゃんやお兄ちゃんは
今まで「初めての子」として
チヤホヤされてたが

ある日、ポッと出ての妹や弟がやって来て

努力なしの存在だけで
愛情も話題もかっさわられてしまう。

幼い頃に免疫があるのですが
末っ子には、ない。

「自分のポジションが脅かされる
ザワザワ感なんだよ〜。」

と。


くだらん事で人は右往左往してるな
(^^;;
とも、思いますが
これも生存競争の一部ね。

ポッと出でチヤホヤされるモテ子
を「あざとい」というネーミングする辺りは
人間界もやはり生存競争や子孫繁栄の
サイクルの中にいるから仕方ないのですが

でもねぇ〜

この世はマトリックスだから

他人様に向けて
愛されたいビーム打っても
ダメなのよ。
エンドレスの枯渇感を生み出しちゃう。

「愛されたい現象」が生み出され
繰り返し起きる。

チヤホヤ=幸せとは限らないし
愛される=幸せとも限らない。

「じゃあ、どうすれば良いの?(⁎⁍̴̆Ɛ⁍̴̆⁎)

それはもっと、自分の内側を見ます。
スピではお馴染みの

「自分を愛しましょう」

と言う考え方が答えになるのですが
これって、本当に色んな解釈ありますよね?

ふんわりしてて、ちょいと分かりにくいし。

このテーマについては
また次回のブログで
具体的に書かせて頂きますが

「愛し愛されたい」

と言う想いは
いにしえの時代より

人間のテーマ。

愛は原動力なので
恋愛に限らず
豊かで潤いのある人生を歩むのには
必要不可欠なのかも知れませんね。

もっとアニマルになりましょ

今宵はアニマル柄でw

Photo by.塚本ダイさん

人生の美容液

最近、少し気になる人が出て参りました。

でも、いわゆる『運命の人』では
ありません。


今日はちょいと
LOVEのお話し。


直感的な事なので
なんの根拠もありませが。。。
私は、他人様事も自分事も
恋愛に限らず

『運命の人』

が、分かってしまう
あまり嬉しくない性質があります。

その的中率は

ほぼ100%

目には見えない何か
と言う点に置いても否定は出来ない点もあって

人生がつまらなくなるので
普段は見ない様にしています。


今年に入り、私の周りでも
パートナーシップに目を向け
自分のお手入れをし始める
友人達がちらほら。

私はそんな女性の華やぐエネルギーが
大好きなのですが

何故か自分とは無縁な気がしていて

寂しがり屋さんでもないし
1人で困る事も特にないので

今の状況が『確定』となっていました。


お付き合いに至る前に
『運命の人』か否か。
が、見えてしまうと、、、
それなりに恋愛ドキドキ感もあるのですが
ライブ感はないので、どこか上の空。

なのにこの度

スイス銀行の金庫の奥底にて熟成中だった
感情感覚が久々にやって参りまして
お相手の言動に「きゃあ」とか

一喜一憂してる

ちょっと意外な自分がいる訳ですよ。


気がつけば
乙女ちゃんな私がいて
でも、なんかちょっと違うのよ。

そう、擬似恋愛なんですね〜。
本物の感情ではないのです。


何となく心地悪い気がして
どおしたものか?と、思っていたら

私の中から

「別に良いじゃない。」


と言う想いが湧いて来まして

まあ、、、擬似恋愛でも何でも
ワクワク感を楽しめば良し!
恋愛と決めずリハビリと思え!

的な感じなのです。

ん〜、確かに!

一昔前。ヨン様ブームの時
世のおば様方のキラキラした事。

あのエネルギーは、大事よね。

なんか、こう。。。
女性ホルモン、コンコンと湧き出ちゃうみたいな。

なんかストンと腑に落ちた!

と、同時に

久々のロマンスも、、、感情昇華?(°_°)


私が手にしたかった事は

恋愛でも
お相手でもなく
もうちょい下の事で

「恋愛はこうでないとダメ!」


って、思ってる事を

 

「リハビリでも良いんじゃない?」に

許可してもらいたかったんですね〜(^.^)

それに気付いたら
急に楽になってしまって。

恋愛にせよ
他の事にせよ

自分でタブーを作ってる事は
意外と多くて
それを止めてみたら
本当に欲しい物が見えて来るという。

擬似恋愛?

ん〜やっぱりリハビリかな??

「運命の人」だとか
そうでないとか…
パートナーの有無は関係なく

恋愛時のドキドキ感だけを
取り出して楽しんでみるのは
もしかして、それも
人生の美容液なのかも

 

人生の美容液。
皆様は、どう思われますか?


Photo by.塚本ダイさん